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2012-02-08

木村栄文レトロスペクティヴ

 来る2/11(土)より3/2(金)まで、オーディトリアム渋谷にてRKB毎日放送のディレクター木村栄文氏のレトロスペクティヴが行われます。木村栄文って誰だ? よろしい。ではお教えしましょう。特別に映画秘宝編集部の許可を得て、映画秘宝2012年3月号に掲載した〈木村栄文レトロスペクティヴ〉紹介記事を転載させていただきます。


 木村栄文のドキュメンタリーの特長を一言で言うとするなら、それは言語道断な公私混同と出鱈目なフィクショナライズということになるだろう。頼まれてもいないのにディレクターである木村が画面に登場し、俳優相手に小芝居を演じる。木下栄文のドキュメンタリーを見て、誰もが同じ疑問を抱くはずだ。これは本当にドキュメンタリーなのだろうか? 本当にこんな破天荒な代物がテレビで放映されていたんだろうか?

“ミスター・ドキュメンタリー”と言われた木村栄文は福岡RKB毎日放送の名物ディレクターであった。「賞取り男」と呼ばれ、テレビ草創期のドキュメンタリー作品で文化庁芸術祭をはじめ多くの賞を獲得する。テレビ界での評価はたいへん高く、多くのドキュメンタリー製作者に広く影響を与えたという。その真価をあらためて映画ファンに知らしめたのは、昨年の山形国際ドキュメンタリー映画祭であった。世界中からドキュメンタリーの傑作が集まってくる山形で、酸いも甘いもかみ分けた映画マニアたちが熱狂したのが〈わたしのテレビジョン 青春編〉なるテレビ・ドキュメンタリープログラム、その中でも木村栄文の特集だった。こんな過激な、実験的な映像表現が、お茶の間で普通に見られていたのだろうか?

 たとえば1973年の『まっくら』である。木村扮するレポーターは筑豊炭鉱のボタ山にヘリコプターで舞い降りる。そこには酒をかっくらう炭坑夫がいる。レポーターはマイクをつきつけ、斜陽の炭鉱についてコメントを求めるが、炭鉱夫に煙にまかれてとぼとぼと引き上げる。続いて炭鉱の女にカメラをつきつけると、今度は突き飛ばされ、ものすごくわざとらしく川に落ちてずぶ濡れに。「無礼なマスコミ記者」を戯画化して演じてみせるのだが、どう見ても好きでやっているようにしか見えないただの出たがりである。木村には先天性の障害者である自分の娘を追いかけた『あいラブ優ちゃん』もある。危なっかしく一歩一歩を踏みだす優ちゃんを見つめる木村の視線はこよなく優しく、感動的だ。だが、こんなまるっきりのセルフ・ドキュメンタリーが堂々とテレビ放映されてしまうのは驚きである。

 それだけではない。実は『まっくら』に登場する炭坑夫も炭鉱女も、いずれも俳優なのだ。炭鉱夫は常田富士雄、女は白石加代子が演じている。俳優とディレクターが演じる小芝居をドキュメンタリーと呼んでいいものなのだろうか? そもそもなぜこんな芝居を撮るのだろう? 木村は言う「ドキュメンタリーはドラマと変わらない。自分の気持ちを描くのであって、事実を描くのではない」その気持ち、筑豊炭鉱の(事実ではなく)真実を描くために、木村は俳優を使って芝居をする。やがて常田演じる炭坑夫はかつて死んでいった名もなき坑夫たちの亡霊であることがわかってくる。失われゆく炭鉱、今はなき人々の暮らしを追悼するため、木村は坑夫の幽霊を召喚するのである。

 フィクションとドキュメンタリーの境界をかるがると飛び越えてしまうのが木村栄文の世界である。水俣病の世界を描く『苦海浄土』、三国連太郎が反骨の記者を演じる『記者ありき』。常識を越え、予想をくつがえし、真実を暴きだす。消え去ったもの、目には見えないものを映画に写しとる。それが木村栄文のドキュメンタリーなのである。


 本レトロスペクティヴ内では毎週末トークショーも予定されていますが、その中で2/25(土)12:50〜トークに登壇させていただくことになりました。お相手はゆふいん文化・記録映画祭コーディネーターの清水浩之さん。ドキュメンタリーについて語らせれば右に出る者なき博覧強記の人です。こぞっておいでくださいませ。

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