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2011-03-30

ファン・ホーム~ある家族の悲喜劇

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 これは、こういう話である。

 筆者(アリソン・ベクダル)にとって父は魔法の手を持つ『若き芸術家の肖像』のディーダロスだったが、父は自分のことを『華麗なるギャツビー』のジミー・ギャッツになぞらえていた。美しいがどこかよそよそしく、素人演劇に身を投じる母親のことを、アリソンはヘンリー・ジェイムズの『ある婦人の肖像』のイザベル・アーチャーのようだとも思う。アパラチア山脈の中の田舎町で葬儀屋を営むベクダル家には、表面からは見えない多くの秘密がある。アリソンは成長の過程で、秘密のヴェールを一枚ずつはがしてゆくように、その真実を学んでいく。まるでジョイスの、あるいはプルーストの小説のように、物語には(人生には)いくつもの層があり、どこまでも奥深いものなのだ。

 これはアリソンの自伝であり、心を通わすことのなかった父親の伝記であり、文学論でもある。コミックというメディアで、『失われた時を求めて』を自分の人生と重ね合わせて論じるだなんて、誰が考えただろう! だが、アリソンは大学で出会うどんな英文学の教師よりもジョイスを生きているのである。アリソンと父とは結局わかりあえなかった。だが、文学を通じてなら、人は通じあえるかもしれない。すべての文学愛好者にお勧め。翻訳者、椎名ゆかりの仕事も素晴らしい。

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2011-03-29

ケネス・アンガー『ハリウッド・バビロン』  発売記念イベント

 パルコ出版より刊行となりましたケネス・アンガーの名著『ハリウッド・バビロン』復刊記念のイベントに出演いたします。

4月7日(木) 19:00開場/19:30開演 UPLINK FACTORY

 アンダーグラウンド映画の系譜の中で最も影響力を持つインディーズ映画作家、ケネス・アンガーによる、映画創世記から黄金時代までのスキャンダル史『ハリウッド・バビロン』が復刊!!!!
 復刊にあたり解説を書かれた柳下 毅一郎さんをお迎えし、作品に登場する映画や人物について、秘蔵映像を観ながら解説していただきます!


 問い合わせ、申し込みはUPLINKまで。

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2011-03-25

ファンタスティックMr.Fox (2010)

 朝日新聞3/25(金)夕刊のエンタメ欄に『ファンタスティックMr.Fox』の映画評を書きました。ウェス・アンダーソンの最高傑作、見ると幸せな気分になる人形アニメです。こういうご時世だからこそ見て欲しい映画ですね。

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前橋ヴィジュアル系(2011)

監督・原案:大鶴義丹 脚本:一雫ライオン 公式サイト

 群馬のド田舎で暮らすネギ農家の息子、タクジには秘密があった。幼いころ、姉に化粧をされて両親の前で「大きな栗の木の下で」を歌うという辱めを受けたために人格が歪んでしまったのである。両親が死んだあと、化粧と音楽にとりつかれた彼はヴィジュアル系バンド、プリンシパルのボーカリストになったのだった。ぼくが歌えば、両親はやってくる! 前橋の農協で働く地味なOLまゆこ(八代みなせ)は呪いの歌声に取り憑かれ、誰にも頼まれてもいないのにフランス語でプリンシパルのホームページを作りはじめる。それがまさか元死神のマーティ・フリードマンを召喚することになるとも知らず……

 まあそんな感じで「俺たちは前橋をヴィジュアル系で変える!」とかいってがんばる前橋のヴィジュアル系バンドのお話。最近の人たちは自分のことを“ヴィジュアル系”って言うんですね。もともと「ヴィジュアル系」って侮蔑語だったような気もしたが。いずれにせよあくまでもヴィジュアル重視で音楽性はあまり気にしてないらしく、ギターが抜けたらいきなりハードコア・パンクのバンドからギタリスト(コンビニ勤務)をスカウトしてみたりする。

 ついに登場する悪魔の使い、マーティは言う。「おまえら、オレに魂を売ってフランスに行かないか? それにしても群馬から来たんだって? あっちってネギが有名なんだろ? シモネタネギ」

 前橋のライブハウスのマネージャーにダイアモンド☆ユカイ。久々に顔を見たよ。それにしても八代みなせ、『片腕マシンガール』の続篇を断ってまで何をしたかったのか……

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ウィキリークス、フェイスブック、ネットの未来

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SーFマガジン2011/5月号のチャールズ・ストロス&コリイ・ドクトロウ特集に「ウィキリークス、フェイスブック、ネットの未来」と題するエッセイを寄稿しています。ネットとポストヒューマニズムについて、バラード主義者として思うところを書かせていただきました。是非ご一読ください。

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2011-03-23

トラウマ映画を語り尽くせ!

 集英社から刊行されます町山智浩の「トラウマ映画館」発刊記念トークに参加することになりました。みなさまこぞってお運びください。

4/6(水) 「トラウマ映画を語り尽くせ!」 新宿Loft+1

集英社「トラウマ映画館」発刊を記念して開催! 幼少期についウッカリ見てしまって心の傷になってしまったタイトルも定かではないあの映画が今夜蘇る!

【出演】
町山智浩(映画評論家)、平山夢明(作家)、柳下毅一郎(特殊翻訳家)、三留まゆみ(イラストライター)

【司会】
多田遠志(ロフトプラスワン、ライター)

OPEN18:30/START19:30

前売¥2000/当日¥2200(ともに飲食別)

前売チケットはローソンにて【L:38238】3月26日発売予定!

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2011-03-20

ランウェイ☆ビート (2011)

監督:大谷健太郎(『NANA』) 脚本:高橋泉(『ソラニン』) 出演:瀬戸康史、桜庭ななみ、IMALU 公式サイト

 ある意味完璧な布陣。ここまで地雷臭がただよう映画もそうはない。当然見に行ったよ。オレは『ハート・ロッカー』だからな!(と言ったら「『ランウェイ☆ビート』は誰がどう見たって地雷なんだから、それはカンボジア国境の地雷原に特攻するような行為で、誰の役にも立たない」と意見されてしまった。やっぱりただのアドレナリンジャンキーだったのか!)

 メイ(桜庭ななみ)は月島商店街の床屋の娘。漫然と月島高校に通い、クラスの女王様的存在であるカリスマモデルミキティの元ヒッキーのダブリ高校生ワンダ(犬田という名前なのでこういう渾名)へのイジメを傍観しているのだが、そこに腰にスカートを巻いたメトロセクシャルなビート(溝呂木美糸という名前……てかDQNネーム!)が転校してくる。ビートの指導で韓流っぽいイケメンに変身したワンダにミキティはいきなりデレはじめる。「ちょっとの勇気があれば、人は変われるんだ……」とクラスみんなで団結し、ファッションショーを開くことになるのだった……

 まあそういうわけなんで、母の死に目に会えなかった父親! 白血病の幼なじみ! 引き籠もりが実はコンピュータの天才! 学校の廃校が決定! 盗作疑惑! といった誰でも想像できる要素がてんこ盛り。ビートは元天才デザイナーでアパレル界のカリスマである田辺誠一の息子なのだが、母親が死んだときに病室に付き添わず自分のショーの指揮をとっていたことで父を恨んでいる。だが最後には仲間とやるファッションショーのために幼なじみの手術をほっぽりだしてしまうビート。手術がうまく行ったからいいようなものの、やってることは父親と一緒だから!

 何よりもヤバイのは父親の会社のチーフ・デザイナーをつとめる吉瀬美智子。やもめの田辺誠一にかいがいしく尽くしていたのだが、ビートのデザインを見て「あなたのデザインを最初に見たときみたいなときめきを感じたんです!」とか言いだし、ビートのファッションショーに協力する。どう見ても三十路女が若い男に乗り換えるの図で、ビートくんと並ぶとマダムとツバメにしか見えないのだった。

 IMALUはもんじゃ屋の跡取り娘で女子高生DJ。庶民風なところは合ってるんだが、問題はラストのファッションショーで、なぜかモデル体型勢揃いのクラスの中で、ビートくんデザインの服を着るといろんな意味で涙が………この話、「ほんの少し勇気があれば、自分は変えられる。世界だって変えられる」というのがテーマらしい。ワンダは大学に進んでカリスマモデルの彼女もゲット、ビートはロンドンでのファッションショーに向けて足踏みミシンを漕ぐ日々(デザイナーってそういうもんなのか?)でめでたしめでたしなのだが、問題は語り手のヒロイン。結局高校を出て就職もせず家事手伝いって、おまえはビートとの出会いで何も学んでないのかー!

 だが、オレがいちばん戦慄したのはそのどれでもなく原作者原田マハである。『カフーを待ちわびて』で第一回日本ラブストーリー大賞を受賞した人なんだが、その経歴が「早稲田大学第二文学部卒、森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経てフリーのキュレーター」この華麗な経歴でこれ! MOMAってなんなんでしょうね……

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平常運転

 いろいろありましたがつとめて平常運転中。いろいろ考えないわけではないけれど、結局、我々はこれまでの営みを続けていくことしかできない。『ヒアアフター』上映中止は残念だけど、まあ仕方ないとも思う。今あの映画を平静に見られる人はいないだろう。可能なら一年後くらいに見直せばいいんじゃないか。優れた映画は一年後に見たってやっぱりいい映画なのだから。
 とは言え、blogを再開するにはまだいろいろ思うところが多いので、とりあえず、二週間ほど前に書いた原稿だけアップしておきます。

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2011-03-10

わさお(2011)

監督:錦織良成(『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』) 脚本:小林弘利 主演:きくやわさお 公式サイト

 これがどういう映画かというと、「わさお」「白神山系「トライアスロン」の三題噺なのである。何を言ってるかわからないと思うが、こっちも意味わからないんで勘弁してくれ。

 物語は「トライアスロン」開催中の青森の港町ではじまる。少年アキラくんは「わさお(幼名シロ)」というブサかわな子犬を飼っていた。アキラくんが赤いボールを投げると、シロはいつも飛びついて持って帰ってくるのだ。トライアスロンの選手たちに応援を送るアキラくん、だがふとした拍子にボールが手からこぼれ落ちてしまう。拾いに道路へ飛び出すシロ。だがそこへ反対車線から車が! 危ない!とシロをかばおうと飛び出したお母さんは車に轢かれ……ってなんでトライアスロン中に車が走ってくるんだよ! ともかくお母さんは車に轢かれて半身不随。ショックを受けたアキラくんはシロに「おまえなんかどっかに行っちゃえ!」と言い放つ。東京の親戚の家にもらわれていくシロ。

 だが、シロはアキラくんのことが忘れられなかった。ある日ふと家を抜け出すと、野良犬として一路北を目指す。ところでみなさんはわさおは「ブサかわ」な愛嬌のある犬だと思っているだろう。だが見た目に騙されてはならない。わさおは秋田犬、天下の猛犬なのだ。森では狂犬病にかかっているようなドーベルマンもひと睨みで黙らせる迫力。白いたてがみは王者のしるし。いつしかシロは「はぐれ牙わさお」として恐れられる奥州の王になっていたのだった。

 そんなわけでアキラくん恋しさで東北まで来たわさおであったが、「おまえなんかどっかへ行っちゃえ」の一言がトラウマになっており、どうしてもアキラくんの前に顔を出せない。そんな中、またトライアスロンの日がやってきた(たぶん一年後だと思うんだが、一年でわさおがあんなになっちゃうもんなのか? 時間の経過がよくわからない)。ここでトライアスロンがらみで「一番になったら結婚してあげるわ!」とか三馬鹿老人とかいろいろあるんだけど、すべてどうでもいいから割愛。トライアスロン大会当日、お母さんがついに手術を受けることになった。一年間寝たきりだったのが、一年後に手術してどうにかなるのか? 転院するお母さんの姿を見たアキラくんは錯乱し、ふらふらと「白神山系」へ歩みいる。ところが今まさに里へ降りてくる人食い熊。何も知らずに山をさまようアキラくんの後ろから忍び寄る着ぐるみの熊! 少年の命は風前の灯火か! だがそのとき飛び出す白い影があった! はぐれ牙わさお!

 もはや何も言うことはない。ちなみにわさおの心の声はすべて薬師丸ひろ子が代弁してくれるんだが、いっそ高橋よしひろ方式で喋ってくれた方が良かったかも。

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2011-03-09

南十字星は偽らず(1953)

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監督:田中重雄 出演:高峰三枝子 解説

 今新東宝の歴史を調べているのだが、その過程でたいへん気になっていた一本。てっきり失われた映画だと思っていたので、まさか見られるとは思わなかった。長生きはするものである。

 解説文にもあるとおり、ボルネオに赴任していた旦那(トアン)が現地妻を連れて帰ってきた「二人妻」事件として知られている。現地妻自体はたぶん当たり前のようにおり、たいていは捨てられて現地で差別を受けることになったのだろうけれど、この場合は現地妻だった山崎アインが生命力にあふれた強い女だったため、日本まで来てしまったということなのだろう。で、その事件を直後に映画化したのがこれ。大蔵貢到来以前の新東宝のエクスプロイテーション映画。実はぼくはこの原作本(山崎アイン著)も持っているんだが、そこには「興味本位で作られた新東宝の映画だけでなく……」とか書かれていて、アイン本人は映画化に不満だったらしいことが伺える。ますます気になるではないか。

 映画は高峰三枝子がヒロインの山崎アインに扮し、恋人と引き裂かれ、生活苦から義兄に勧められるがまま日本人知事の上女中となることを承知するまでが描かれる。旦那は紳士的だったが、ある日日本から空襲で妻が死んだとの電報が届く。二人はついに結ばれるのだが、実はその電報は誤報であった。一方、抗日運動に身を投じていたかつての恋人は……

 これ、アインのナレーションではじまるのだが、最後には元恋人が恋の恨みでアインを刺して終わる。ってあのナレーションはなんだったんだ!『サンセット大通り』かよ!アインもびっくりしたんだろうな。死んじゃったら「二人妻」にならないじゃん。キャストではジプシー・ローズが出演してエクスプロイテーションに花を添えている。

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2011-03-01

ハリウッド・バビロンI&II

Hollywood Babylon (Japanese edition)
 ケネス・アンガーの歴史的名著『ハリウッド・バビロン』 III がパルコ出版より復刊されました。復刊にあたって、新しく解説を寄せています。個人的にはもっとも影響を受けた映画本のひとつですから、そこに解説を書ける喜びといったらありません。個人的には海野弘の序文も入れてほしかったですけどね。

 今度のバージョンはぺーバーバックサイズで、その分分厚い! 判型が小さくなってしまったので、旧版のように写真を楽しんでもらうことはできないのが残念です。まあ、その意味では旧版の価値も変わらないわけで、古本屋も喜ぶ復刊でいいんじゃないかな!

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