監督:富永まい 出演:柴咲コウ 公式サイト
見ながら思ったんだけど、この映画の柴咲コウって森ガールじゃない? ぞろっとした麻の服かなんか自作してて、すっぴんでソバカス散らして、髪を枝でまとめてる。これ森だよね? メディア的には森ガールと言えば蒼井優になってるみたいだけど、実は柴咲コウこそが中身も含めて真の森ガールではないかという気がしている。柴咲コウの心の中には鬱蒼たる森林が広がっているのではなかろうか。
で、この映画だが、柴咲コウが営業する「食べると幸せになる」かたつむり食堂のリアリティを突っ込んでもしょうがない。「食材はどこで入手してるんだ?」とか「一日一組、高校生の客だけで採算とれるのか?」とか「『甘鯛と帆立のカルパッチョ』作るのはいいけど、残った食材はどうするんだ? 豚の餌か?」とか「柴咲コウ、その手つきは丁寧に作ってるっていうより単に手際の悪い人みたいだ。だいたい一皿出して、お客が食べるの確認してから次の皿作ってたら、いったいフルコースで何時間かかるんだ!?」とか「ゆっくり食べてるにしたって前菜でカルパッチョ出して、スープでサムゲタン出して、そのあとリゾットが出て、メインに子羊のローストって、ばあさんどんだけ食欲あるんだよ!」とか、まあそういう突っ込みはしない。この映画にリアリズムはひとかけらもないので。あるのは原作者(=柴咲コウ的森ガールの)「こういう食堂って素敵!」っていう思い込みだけだ。
それにしてもこれほど行く気の起きないレストランも珍しい。柴咲コウは失恋のショックで喋れなくなっているので、予約取るにもわざわざ出かけていって直接会わなければならない。食堂はテーブルひとつ。もちろん森世界なのでBGMとかはなくて、お客は一人座って黙りこくって食べるのみ(柴咲コウは隣室からその様子をじっとうかがっている)。ものすごく気詰まりな感じがするのはオレだけか。
劇中で田中哲司が演じている白馬の男(本当に馬に乗って余貴美子がやってるスナックに通ってくる!)が、柴咲コウに絡むシーンがある。酔っぱらった田中が「飯作れ!」と命じるが、コウは相手を嫌っているんで無視する。「わかってるよ。おまえ、オレのこと嫌いだから作りたくないんだろ? 客を選ぶなんてプロじゃねえよ」けだし正論。言い負かされたコウはしぶしぶ食卓に立つ。まあ酔っぱらいに出すもんだからおじやとかお茶漬けとかさっぱりしたもの…で、何をするかというと、いきなりかつおぶしを削り出す!
「何時間かけてんだよ! 時間かけりゃ誰だってうまいもん作れるよ!」
いや正論だなあ。ことさように柴咲コウの料理にはおもてなしの心が決定的に欠けており、それゆえちっとも旨そうに見えない。ここには他者がいないのだ。自分が満足のいく料理を出せればそれでいいというわけ。
怖いのは自分しかいない森的世界観である。柴咲コウの母であるシングルマザーの余貴美子、コウは自分が不倫で生まれた子供だと思って母を嫌っていたのだが、実はそうではないことが判明する。余貴美子は初恋の相手が行方知れずになってしまったので以後セックスしたこともなく、処女で注射器で膣内に精液を入れて人工授精で子供を産んだというのだ。これいい話として語られるんだが、普通に怖いよ! ていうかそれって『ピンク・フラミンゴ』でマーブル夫妻(ミンク・ストール)がやってた奴だよ! この悪趣味さにこの人たちは気づかないのか!?
ずっと飼ってたブタを食うときも別に葛藤があった様子はないし、すべてを食い尽くしてしまう柴咲コウの森林は怖い。平和の使者みたいなイメージで飛んでたハトがいるのだが、ある日なぜか死んで降ってくる。それを拾いあげた柴咲コウ……やばい……と思ったら次のカットでジビエの焼き鳥に! それを食ったコウは声を取り戻し、余貴美子と一緒に食ったブタにまたがって空の彼方へ消えていくのだった。
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