ウォッチメン(2009)
朝日新聞の映画評を再録。
アメリカはヒーローの国である。悪をくじき、正義を執行するヒーローこそがアメリカの美しき理想だ。だが、その正義とはなんだろう?
「ウォッチメン」はアメリカン・コミックを原作とするヒーロー映画である。ただし「ウォッチメン」とはスーパーマンやバットマンのようなヒーローの名前ではない。タイトルはローマの風刺作家ユウェナリスの警句から取られている。すなわち「見張り番(ウォッチメン)を見張るのは誰か?」ヒーローは本当に正しいのか?
舞台は現代とよく似た異世界。その世界にはかつて悪と戦うヒーローたちがいた。だが、超法規的な犯罪者退治を禁じる法律ができたため、彼らの活動は禁じられる。ある者は政府の紐付きで秘密工作員となり、ある者は身分を隠したまま引退する。あるいは法律を無視して非合法の自警活動を続ける者もいる。そんなヒーローの一人、ロールシャッハは一人の男の死に疑問を抱いて調査をはじめる。それが世界的陰謀につながるとも知らず……
ヒーローとはなんなのか? それはアメリカン・コミックの、ひいてはアメリカン・カルチャー自体が問い続けた問題である。アラン・ムーアとデイヴ・ギボンズによる原作コミックは、その巨大な思考実験の成果だとも言える。世界を救うためにヒーローは何をするのか。その行為は是認されるべきことなのか? 1986年に発表された原作がアメリカ社会の現在をえぐりとってみせるのは、その問いがどこまでも根源的なものだからである。ヒーローたらんとして人間性を失っていく者に対し、あくまでも人間であることをやめないロールシャッハの叫びが尊い。(「朝日新聞」2009年3月27日号夕刊)
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