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2009-02-21

闘う時評

 ブクマコメントでも指摘されてるんだけど、昨日の飲み会で『週刊新潮』のコラムで福田和也が『旭山動物園』を絶賛していると聞き、思わず買ってきてしまった。

 いや、福田和也が政治で人を褒めることはあるのわかってるんだけど、津川雅彦を「現役最高」とまで書いて、どういう政治的利得があるというんだ!? しかもルビッチやヒッチコックを引き合いに出してまで! ちなみに福田は「どんな監督だって、ルビッチであれ、ワイルダーであれ、ヒッチコックであれ、なかなかデビューから三作連続して傑作を世に問えるものでありません」とか書いてるわけだが、あんた、ルビッチの監督第三作って見てるの? たぶん1915年の短編一巻ものだと思われるわけですが(もちろん、ぼくは観ていません)。

「マキノ作品は、ファーストシーンが凝っていますが、今回も意表をつかれました。チリトリに死んだカブト虫を寄せていって、生きている一匹を押し入れに投げ入れる……訳が分かりませんが、観ているうちにその意味あいの深さが分かってくる、という考え抜かれたシーンです」

 これ、投げ込むのは押し入れじゃなくて隣の部屋ね。そこはカブトムシやらクワガタやらが床一杯にざわざわうごめいている昆虫屋敷で、その中に座り込んだ少年がカブトムシを手に恍惚の笑みを浮かべているという……レクター博士かジョン・ドーの少年時代か!?と思うような衝撃のサイコ・ホラー演出。これが「人間嫌いの引き籠もり少年」の描写だっていうんだからさ……

「岸部、長門はともに飼育係を演じているのですが、その演技合戦がすさまじい。ゾウとチンパンジーを担当する係を演じた長門の芝居は、ケレンがたっぷりの癖を前面に出すスタイル。それにたいして、ひたすら動物によりそう係を演じる岸部の控えめな演技は、動物と人間双方の孤独さと、その孤独を踏まえてこその絆を実感させてしまう。奥深いものでした」

 いや、それは普通演出が存在しないという。そしてここで書いてる長門の大芝居が酷いんだよ。独りよがりで思い入ればっかりのもう観てらんないレベル。それを延々長回しで撮ってるもんで……普通の監督なら全部カットだよね。 物語上はまったく必要ないし。

「マキノ雅彦がいるかぎり日本映画は大丈夫、と思わせてくれるものです」

 オレは福田和也の映画を観る目がいちばん心配だよ! オレがまったく政治的含意を読めてないだけで、実はこのコラムは褒め殺しを意図したものであるならいいんだけどね!

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コメント

福田先生、マグノリアを絶賛した頃から怪しいですね。

投稿: ひろき | 2009-02-22 14:55

キ、キチガイだ…。

投稿: 瓜 | 2009-02-23 10:59

いや、映画は面白かったですよ。少なくとも前の「次郎長三国志」などよりはね。動物をかわいいふうに見せずに残酷に、汚く見せているのが面白かったし。「次郎長三国志」の時は客の大半が寝ていましたが、今回はなかなか好評でしたよ。ただ、福田さんのおっしゃるような見方が当たっているかと言うとねえ・・・。今回改めて津川雅彦さんはマキノではなく、伊丹十三の血をひいているんだなあというのが率直な感想ですね。

投稿: ペルゼウス | 2009-02-24 02:24

福田和也の映画評ってそういうレベルだということは分かってても
新潮を立ち読みしたときびびりました

投稿: くんだりーに | 2009-02-24 03:28

週刊新潮の福田氏の記事読みました。すっごい気持ちの悪いほめ方していますね。洒落ならまだしも本気だとしたらすくいがたいです。旭山は観ていませんが、前作「次郎長三国志」を観る限り、映画というものを非常に安易にとらえて撮ったとしかいいようがありません

投稿: まえば | 2009-02-24 10:45

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