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2008-02-18

ポル・ポト ある悪夢の歴史

51cnxleymwl_ss500_ 『ポル・ポト ある悪夢の歴史』(フィリップ・ショート 白水社)を読む。

 1975年からおよそ三年のあいだカンボジアを支配し、恐ろしい粛正によって150万人の自国民を殺害したクメール・ルージュの指導者ポル・ポト(本名サロト・サル)の伝記である。徹底した秘密主義を貫きとおし、自分の本心も決してあかさなかった男の生涯を膨大な資料からあぶり出す力作。一気に読まされた。

 興味深い指摘は多々あるが、いちばんなるほどと思ったのは劣等生だったポル・ポトをはじめ、イエン・サリやキュー・サムファンといったクメール・ルージュの指導者たちが、いずれもマルクスをちゃんと読んでいなかったという話である。『共産党宣言』はともかく、『資本論』は難しすぎて読めなかった。だからクメール・ルージュの革命思想は本当にマルクス主義なのかどうかもよくわからない、というのだ。むしろカンボジア伝統の上座仏教の影響を強く受けているとされる。まあ、そう言い切ってしまうのもどうかなと思うのだが、興味深い指摘なのは事実。彼らは毛沢東思想の影響を強く受け、農民革命の思想を作りあげる。

 大衆の解放は大衆自身によってなしとげられなければならない--これがマルクス=レーニン主義の基本原理である。革命や人民による戦争は、どこであろうと、その国の大衆のなすべきことであり、まず大衆自身が実行にうつさねばならない--ほかに方法はないのである。(中略)自立の精神を忠実に守り、自国の大衆の力に頼り、たとえ国外からの物的援助がすべて絶たれても単独で戦い続けることが肝要である。(中略)結局のところ、人民の闘いを(中略)おこなうか否か(中略)は、偽の革命家と本物を見分けるのにもっとも有効な目安になるのだ。(中略)農民は帝国主義者とその追従者らに対する国家の民主主義革命の主力である。(中略)革命家が最終的な勝利に向けて歩み出す基地を地方だけが提供できるのだ。

    林彪「人民の闘いの勝利万歳!」

 クメール・ルージュは東北部の密林に根拠地を築き、解放闘争にとりかかった。プノンペン北西部の古都ウドンを占領したときには、住民を全員都市から追い出す。これは来るべきプノンペン解放の青写真となった。

 ウドンの避難民を地方に定住させるにあたって、特に大きな問題がなかったという意味ではうまくいった。町の住民たちも特に問題を起こさなかった。強制移住は、われわれの軍勢を揺るがそうという的のもくろみをくじく抜本的な解決策であり--また同時に内部政策でもあった。幹部を都市部の人間の知覚に住まわせておくと、政治的および観念的に堕落するおそれがあるからだ。かれらが都会風の新しい環境に影響を受けてしまう可能性がある。(中略)町の住民を退去させれば、その危険は回避できる。われわれの最終目標はプノンペンの解放であり、そのためには政治的および観念的立場をとぎすます必要があることを理解しなければならない。幹部たちが「ブルジョアの見かけの良い弾丸」を避けることができるように? まさにその通りだ!
--フィ・フォン 1974年3月

 そして、いまだかつてなかった革命がはじまる。都市を廃止し、貨幣を廃止し、家制度を廃止し、新しい言葉を作り、新しい民族を作りあげる。オーウェルの悪夢がついにこの世に実現する。

 いかにして共産主義革命をおこなうか? まず私有財産を破壊しなければならない。だが私有財産は物質と精神の両面に存在する。物質的な私有財産の破壊には、街の強制退去という適切な方法があった。だが精神的な私有財産はさらに危険だ。それはおまえが「自分のもの」と思うもの、自分に関連した存在と考えるもの--両親、家族、妻--すべてを指す。「わたしの……」と呼ぶものすべてが、精神的な私有財産なのだ。「わたし」と「わたしの」について考えることは禁じられている
--キュー・サムファン 1975年10月

 ぼくがいちばん興味を持っているのはこの部分である。つまり、ポル・ポトの理想はいかに実現され、その過程で百五十万人はいかにして死んでいったのか? キュー・サムファンの言葉にはぞくぞくする。本文中にはまさにこの理想を奉じて自己改造した西欧人も登場する。彼女の言葉はすばらしく興味深い。人間はいかに自我を捨てるのか? この部分をこそ知りたかったのだが、残念ながらそれほど詳しくは書かれていなかった。やはり『キリング・フィールド』とかを読むべきなのかもしれない。

 不満なのは記述があまりに英雄史観に偏っており、すべてを指導者の個人的資質に寄与させすぎなではないかと思われる点だ。伝記というかたちをとった以上、そうならざるを得ないのはわかるが、国際政治まで含め、いささか単純化しすぎな気はする(とはいえ、複雑きわまりない政治ゲームをプレイするシアヌークがきわめて魅力的な人物なのはたしかなのだが)。ヴェトナムが介入した時点で、クメール・ルージュの支配がとんでもないことになっているのは世界中でわかっていたわけで、あれを人道的な意味を持たない単なる防衛的反応として記述してしまうのはヴェトナムに対して厳しすぎる気がする。

 もうひとつ、自己批判を旨とするクメール・ルージュの教義には文化大革命からの影響が色濃いと思われるのだけど、そこにあまり触れていないのもちょっと疑問。

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