『聖母の贈り物』ウィリアム・トレヴァー
国書刊行会の新シリーズ“短編小説の快楽”の第一回配本。満を持して第一回に持ってくるだけのことはある力作。
トレヴァーは一九二八年生まれのアイルランド人だが、ここに集められている作品はぼくが愛してやまないアイルランド文学--フラン・オブ ライエンやR・A・ラファティのたががはずれた奇想とユーモア--からはほど遠い。むしろその厳しい風土と貧困を背景にしたかのような辛辣で恐い小説が並 んでいる。老婆の平穏な暮らしが闖入者によって破壊される「こわれた家庭」にはよくできた実話恐怖譚の趣があるけれど、それ以上に「アイルランド便り」や「マティルダのイングランド」の底冷え するような恐怖が忘れがたい。
「マティルダのイングランド」では「戦争になったら冷酷になるのが自然なのよ」とミセス・アッシュバートンは言う。ぼくはどうも人間の無力さを描 く小説に惹かれる傾向があるんだけど(カソリック小説にはそういうところがないだろうか?)トレヴァーが描くのはまさしく宿命にとりつかれた人々の姿なのだ。
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